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「高い響き」の謎

  • 執筆者の写真: 中川 康大
    中川 康大
  • 2014年9月16日
  • 読了時間: 3分

最近、不思議と自分の必要としている物を見つけたり、必要としている人と知り合ったりする。世界が変わったわけではないだろうから、おそらく自分の必要としている物がより明確になってきた、ということなのであろう。ここにYoutubeで見つけた(少なくとも私の今後にとって)非常に価値のある録音と動画をご紹介しながら、「高い響き」の謎について書きたい。

まずはこちら。



小山実稚恵さんの演奏するショパン「舟歌」。たまたまミュンヘンコンクールのピアノ部門の審査員の中に彼女の名前を見つけ、果たしてどんな演奏をする方なのだろうかと思い検索していたら出会った。人によっていろいろな評価はあるのだろうが、私からするとこれは大名演である。私が愛する高い響きのほとんど極限である。さらに、音楽の前向きな歩みと明確なアタックが、すっと力を抜いたときの切なさと暖かさを倍増させる。終始快感の波が頭の中をかけめぐる。

フルートでこんな演奏が実現できたらな・・・とつくづく思う。その後数日間、この録音から受けたショックは消えなかった。というより未だに持続している。まったくどうして、フルートの響きはかくも低いのか。一体どうすればフルートの響きを小山さんのピアノのような高さまで持っていけるのだろうか。四六時中そのことについて考える他なかった。


そんな中、さらにこの衝撃的な動画が現れた。


メキシコ出身の名テノール、フランシスコ・アライサのマスターコースの映像である。歌手たちがいかに高いレベルで響きを(この動画では特に視覚的に!)理解しているかを思い知らされる。曲の山場で頭のてっぺんに響かせることをしきりに要求しているのがわかるであろう。この「高い位置で響かせること」については感覚としてほとんどの音楽家が容易に理解できることだと思う。が、今回ハッと気づかされたのは、それ(後ろ・上に響きを持っていく動き)に対応して前側に「バランスする何か」があるということである。それは動画中、彼の左手で表現されている。二つの動きが互いに引っ張り合っている。この引っ張り合う互いの存在が何を意味し、どのような効果を持っているのか。言葉で整理できたら一気にいろいろなことがクリアになるという直感がある。

しかし、そもそもの謎は、我々の言う「高い響き」とは何なのか、ということだ。歌だろうがフルートだろうが頭のてっぺんを意識して響かせたとき、それは実際に何かが「高い」のだろうか。口から出てくる息に変化はあるだろうが、一体どのような変化が起こり、私たち聴衆にその違いを知覚させるのであろうか。さらにもう一歩踏み込んで問うと、「高い響き」を出そうとするとき、音楽家は一様に似たような顔(「高い響きの顔」)になるが、なぜ歌手や管楽器奏者以外の音楽家も「あの顔」になるのだろうか。「あの顔」で鍵盤を叩かないとあの響きは出ないのだろうか。もしそうだとしたら、「あの顔」とは一体全体、何者なのであろうか。

この問いに関して、既に端的な答えが与えられているのかどうか。どちらかと言うと声楽やピアノの世界の方や、物理に詳しい方がご存知の場合があるかもしれません。もし何かご存知の方、自分なりの解釈を持っていらっしゃる方、いらっしゃいましたらぜひメールでご教授いただければと思います。



 
 
 

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