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芸術の芯のようなもの

  • 執筆者の写真: 中川 康大
    中川 康大
  • 2017年4月25日
  • 読了時間: 4分

長い間ブログを更新しないでいた。書こうと思うこともあったが、書くまでは至らず。なぜそうだったかと言えば、自分でもはっきりとはわからない。ただ少々、迷いのようなものがあった。

​思い上がりも甚だしいと言われるかもしれないが、芸術に関わっている。その芸術への理解を、技術者であり芸術を愛する者の立場として、仕事と言葉で理解し表現できなければいけない。そこに行き詰まりを感じていたのだろう。そんな中、今回目にすることとなった出来事は、理解への突破口となりうるものだった。それを書こうと思う。

先日、ひとりの顧客からある大変貴重な楽器を預けられた。フルート吹きなら誰でも知っている偉大な音楽家のために、某メーカーが40年前に作った楽器だ。顧客自身がその音楽家の弟子であり、かなり前に本人から購入したが、彼女にはいまいち合わなかったらしく、今回、新しい楽器の購入のために手放すことを決断したのだ。

その楽器を、私が最近親しくしている学生にたまたま吹かせる機会があった。彼女は、現在使用しているアメリカ製の楽器に限界を感じており、新しい楽器を探していた。実際、私から見ても彼女の響きはお世辞にも褒められたものではなかった。

それが驚くべきことに、この古い楽器が完全に嵌ったのだ。別人が吹いているのかと思うくらいまったく別の、抱きしめたくなるような響きがそこに現れたのであった。元々、彼女に売るつもりはなかったのだが、私は一瞬にしてその響きの虜になってしまった。彼女自身もその響きの美しさを理解した。今習っている曲を諸々吹いてみるが、その全てが音楽として響くのであった。


そんな経緯で、彼女はこの楽器を買うか買わないかという選択をしなければならなくなった。後日、彼女は先生を連れて我が家にやってきた。彼女は先生の前でひと通り吹く。それに対する先生の反応が、興味深かった。曰く、本当に素晴らしい響きで、彼女に合っていると思う。しかし、現代の楽器のように表現の幅がもっと広げられるかどうかがわからない。インラインでC足部管なのもマイナスポイントだ、と。

先生もその楽器と、さらに自身のモダンなゴールドフルートを吹いてくれた。その楽器が先生に合わなかったことは脇に置いても、お世辞にも素晴らしいと言えるようなものではなかった。悪意があってそう言っているわけではない。ただ、自分の心に聞いてみれば、先生よりも学生である彼女の方がずっと美しかった。(それは先生がいないときに本人にも伝えた。)

話は変わって、仕事上の必要性に迫られてカメラのことを少し勉強しなければならなくなった。それでいろいろ調べていたら、アンリ・カルティエ=ブレッソンという写真家についての非常に興味深い記事を見つけた。



この写真家は最高のシャッターチャンスを逃さないために、レンズ、絞り、シャッタースピード、ピント位置をほぼ固定していたのだそうだ。それを目にしたとき私は「これが芸術だ。」と確信した。芸術とは、忘れられない瞬間を受け取る側に提供するものだと思う。見せたいもの、聴かせたいものを最優先にしなければならない。不要な要素はそぎ落とされるのだ(!)。

最初のフルートの話に戻ると、現代の学生が求められている「音色の多彩さ」「ダイナミクス変化の幅広さ」とは一体全体なんのためなのだろうと思う。どこで何を演奏するためにそれを必要以上に広げなければならないのだろう。過去の偉大な演奏家の録音を聞くと、決して大きくない音色の変化の中で、聴き手に最大限の変化が感じられるような演奏であることがわかる。そこから学ぶことがあるのではないか。

音楽は、聴き手の感性に訴えかける芸術である。聴き手である一般市民の感性に訴えかけるものは何か、についてなんの意見も持たない演奏家はまさに技術的な広さ大きさを求める。大切にしているものがないから、処分するべきものもわからないのである。

クラシック音楽と一般市民の関りが薄い時代であることがその一因だろうと言えるだろう。しかし言わせてもらえば、そんな状況を作り出しているのは音楽家本人であり業界自身である。内輪ではなく一般市民相手の上質な小規模のコンサートを自ら行えばいいのだ。孤独な戦いにもなるであろうが、そこで得られる反応はきっとそのひとの芸術にとっての血と肉になるはずだし、いずれそれが他へも大きな影響を及ぼすことになるだろう。


 
 
 

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