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椅子の張替えをして思いがけず感じたこと

  • 執筆者の写真: 中川 康大
    中川 康大
  • 2016年3月7日
  • 読了時間: 3分

前回の投稿はすでに昨年のこととなっている。新年の挨拶もせず3月になってしまった。ブログには書いていなかったのだが、昨年の秋、今まで場所を貸してもらっていた方のところを去り、自宅の一室を仕事場とすることにした。我が家の小さな一室を、子供から大人までわくわくさせるような空間にすることを、この点では右に出る者がいない妻(と私は思っている)の協力を得て、コツコツと進めている。


年が明けて、我々は数年前に買っていた古い椅子の構造を直し、座面を張り替えることにした。構造に関しては、我が家のすぐ近くにあるアンティークの修復士のところへ持っていって修理してもらった。あとは座面の張替え、というところだったのだが、とにかく良い生地を使うことが最重要だと考えていたため、今回のプロジェクトにかけることのできる予算と相談して、張替え作業を自分たちで行うことにした。そんななかで、ふと感じたことがいくつかあったのでここに記しておきたい。


1.名前を呼ばれる喜び


今回張替えに使った生地は、ミュンヘンでも比較的有名な生地張替え専門店でもとめた。主人は張替え職人として別所にある工房で働き、奥さんが店を切り盛りするというスタイルらしい。その奥さんがまったく素晴らしかった。客の求めているものを、話を丁寧に聞き、膨大なサンプルの中から的確なものを探し出してくるその手腕ももちろんなのだが、何より感動したのは後日、選んだ生地を受け取りにいった時のことである。客からの電話、運送業者への対応などバタバタと動き回っている奥さんが私を見つけた瞬間「Grüß Gott, Herr Nakagawa! (こんにちは、中川さん!)」と、おっしゃったのだ。忙しいお店である。しかも、その日に私が生地を受け取りに行くことは彼女は知らなかった。それなのに、この覚えにくい外国人の名前を、驚くほど自然に彼女は呼んだのだ。このとき私は、本物のサービスをひしひしと感じたのである。


2.田舎の老夫婦のような我々


3つあるうちのひとつは私が張替え、後日、残りの2つを妻と一緒に張り替えた。今度は妻主導。やってみたら妻の才能が開花。早くて丁寧。お前はプロか。あまりに頼もしいので、私は静かに彼女の作業をサポート。彼女がタッカーを打ち安いように、座面枠を少しずつ動かして固定。妻がじいちゃんで、私がばあちゃんのよう。妻を頼もしそうに、柔らかい心持で見つめてしまう。餅つきの合いの手のような、納屋での農作業のような、田舎の老夫婦の雰囲気が流れる。不思議な幸せな感じ。


3.椅子は馬鹿にならない


椅子を見事に復活させ、座った。なんという心地よさ。しっかりとした椅子に座る感覚を、生まれて始めて理解したのかもしれない。お客さまの様子を見てもそうだ。気分がよさそうである。私は思った。現代社会は消費によって支えられているが、それは人間の感覚を狂わせてまで、これもあれも欲しいと思わせるなんとも愚かなものである。気づけば何一つ碌な物買っていないのだから。あちこちに分散した欲望の中で、椅子という「ただ座る」ための物に対する価値をひとはほとんど重要視しなくなっているかもしれない。しかし、その昔、今のように何でもかんでも存在しなかった時代、人々が椅子というものに置いた価値というのはずっと大きいものだったであろう。今一度、生活の中における価値の置き場所を整理するべきであると思った。これは音楽のあり方にもつながってくるぞ、とも思った。



 
 
 

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